家の内部で壁の断熱工事も含めて内装工事と定義する。2016年12月28日には大工仕事の仕事場となる南西コーナーの壁の断熱と壁工事の最終日だ。4日間連続で喜連川に行くのは初めてかもしれない。29日日は東君の友人の成ちゃんと一緒に行くので5日間連続となる。
27、28日は南西コーナーの桟、スペーサー、断熱材を設置した。成ちゃんが応援に来てくれるので、打付けしてもらうNovopanの準備を優先した。作業の進捗状況はカメラの電池が切れていたので、撮影できなかった。29日は5時半に誠チャンを迎えに行き喜連川に向かった。8時20分に到着し早速作業を開始した。予め仮止めしていたNovopanに50㎜釘を100間隔で打付けることを頼んで、断熱材の設置に取り掛かった。釘打ちが順調なので、断熱材の設置に並行して次のNovopanを準備していった。予想以上に作業が進み、合計7カ所分のNovopanを設置することができた。夜はごう君も合流して家の近所の居酒屋で歓談した。少々飲み過ぎたのですぐに床に着いた。成ちゃんに感謝感謝。2016年はこれで御用納めとする。
長いこと休んだので、1週間ぶりの喜連川となった。2016年12月12日は下段1階トイレの南側と西側のNovopanを夫々1枚貼った。そうこうする内に、外で物音がするので見ていると業者さんが来ていた。外壁材の目地や通風孔の隙間にコーキングする業者さんだった。3人で来ており、仕事も丁寧だった。昼過ぎには作業を終えたらしく、わざわざ下段1階で作業をしている所まで挨拶に来てくれた。しかも、靴を脱いで来てくれて恐縮した。13日は2×4材を斜めに切った材料を造り補正した。断熱材を切り事前に準備した箇所に入れ込んだ。
14、15日は講義の準備をした。16日は千葉工大に行き、17日は2時半に家を出て長崎に向かった。JALを利用して長崎・新地に8時半に着いた。18日は10時半から叔父とスズエさんと父の13回忌をして、昼食には良枝チャンも来てくれて卓袱料理を楽しんだ。夕方は青田さん、藤本さん、和子さん達音楽部の人達と久しぶりに旧交を温めた。19日は島田の仏前に御参りして、多美子さんの苦労話を聞き、夜8時に守谷駅に着いた。
2017年1月14日(土曜)は早朝の交通量が少ないので、5時15分に起きて6時頃に出発した。この冬一番の寒気で余り早く行くと現地は-5~7℃だが、8時頃だと寒さを回避できる。接着剤の説明書には5℃以下では施工しないように記載されていたので心配だったが、ビニルタイルの接着状態に特に異常は認められなかったので一安心だ。便器をを設置してしまうと漆喰を壁に塗ることができないので、床が漆喰で汚れないようにテープを貼って養生した。ジョイフル本田で聞くと、Novopanに直接漆喰を塗ると剥がれるかも知れないとのことだったので、下塗り用の漆喰を塗った。出来上がりを確認してから残りの部分に塗工するため、一旦中断して製図室南側窓下の断熱材設置に着手した。例によって下地造りに手間取った。Novopanを設置するのに必要な2×4材を設置し、外壁Novopanと断熱材との間の空間を設置するため支持桟を準備した。15日は何とか断熱材を付けることができ、16日は雪の予報だったので喜連川には行かず、17日は18日の講義の準備をした。19日はトイレの壁に漆喰を塗る前に天井の桟2×4材で枠を造った。21日は製図室窓下にNovopanを貼った。次にトイレの壁を作り、背が届く範囲の壁に漆喰を塗った。2時半に現地を出て帰路に就いた。
工事費用の中で喜連川での宿泊費が結構な負担だった。概算では工事着手から2016年10月頃までの宿泊費は¥399,410円だ。2016年秋頃からは寝袋でも建設中の別荘に寝泊まりできるようになったので、宿泊費を節約できるようになった。しかし、冬場になり部屋は寒くなるし、トイレも必要だ。加えて、7月には会社の人が応援に来る予定で、内一人は女性なので、トイレの準備を急いだ。下段1階のトイレの設置の仕方を電気工事屋さんに教えてもらった。実際にはほとんどを気のいい村上さんが設置してくれた。長崎の母は早く亡くなり、父も2000年には他界して、家具や寝具は長崎の家に残しておいた。これを全て喜連川に運ぶように運送屋を手配し、3月8日に搬入の計画だったので、ベットを置く部屋を地下室に確保した。
2月3日に電気屋の村上さんに電話したら、水道工事が明日に延期になったので今日トイレを見に来てくれるとの返事だった。増淵さんに電話して風呂工事について2月下旬に打ち合わせることにした。村上さんさんがトイレとコンセントを設置するのにほぼ1時間かかり申し訳なかった。上段にも一つトイレを設置するので、メモを取りながら見学した。結構大変だ。コンセントを付けている間に、地下室北側の一部の床材を貼った。
夕方になって、長崎のサカイ引越センターの田中さんから連絡があり、運送日の確認があった。費用を聞いたら34万円と言われ、それなら荷物を捨てると言ったら、運送会社に掛け合ってくれて夜になって271,080円と連絡があり、8日は9時前には地元の応援者と長崎からのトラックが着いた。運転手は佐賀の人で10tトラックを運転して、京都に混載の荷物を降ろして喜連川に来たそうだ。宿泊はトラックの中だそうで大変な仕事だと思った。応援の人たちも手際が良かったので、昼過ぎには荷入れが終わった。事前に、土間から食堂への階段を準備し一通り部屋もきれいに掃除しておいて良かった。地下室には入りきらない家具は作業室や上段一階にも運んでもらった。
宿泊費もさることながら、ガソリン代は2014~2016年で¥477,866円となっている。2013年は記録していないので分からない。毎年約15万円だ。概算すると、ガソリン代は15万円/年×6年(2013~2018年)=90万円となる。
8日は6時に人材開発部の懇親会があるので、少し早く家を出て、秋葉原から丸ノ内にある会場まで歩いた。40分ほど時間があったのでヨドバシカメラに寄った。電子ピアノは40万円ほどで、ピアノ3重奏、5重奏をピアノ部分だけ消して演奏できるそうだ。10日は中山さんと江夏さんが応援に来てくれる。現地には7時頃に到着してNovopan貼りをし、9時20分に作業を中断し、JR東北線・片岡駅に向かった。途中で墓掃除をしている人に聞いたら、Googleに無い近道を教えてくれたので、半分の8㎞済み30分過ぎに駅に着いた。列車が1分遅れで9時57分に到着した。2人を車に乗せて付近の説明をしながら現場に向かった。家の外観や中を見学してもらった。作業としてはNovopanに釘打ちを頼んだ。11時半になったので、近所のレストランに案内した。昼食後に少し作業をしてもらい、道の駅の温泉に行き、汗を流してから2人を守谷駅まで送った。
2018年㋆12日は7時半に家を出て10時過ぎに現地についた。7月4日から左官屋さんが風呂の工事を再開しているので、早速見に行くと左官仕事は完成していた。風呂は長方形ではなく四角形で角度もまちまちなので作業は難しかったと思うが、綺麗にできていたので感激だ。先週の金曜日は毛利・末松と毛利が手配した佐倉市・国立民族歴史博物館に行き、帰りに神田の飲屋で夕食を取り9時過ぎに帰宅した。土日に喜連川に行くこともできたが、左肩関節が痛いので休んだ。9日(月曜)から休肝日として、30日の血液検査に備える。
(注)敷地の道路際にある温泉源から、風呂用の給湯器に同導管を引いていないので、2023年2月時点でも温泉は利用できない。風呂もシャワーしか使っていない。
2019年7月13日から東君と彼のfiancée(聡美さん)、成ちゃんが来てくれるので、大部屋を整理した。誠ちゃんに大部屋床の仕上材の28㎜厚の杉を敷詰める作、東君と聡美さんには壁紙貼を頼むつもりだ。12日も前日の作業を継続して、午後2時半くらいまで頑張った。床の東側は凹凸があるので、杉板の加工に時間がかかるが、一応平らにする所まで杉板を置くことができた。7月13日は聡美さんを9時に守谷駅に向かいに行き、晶君が会いたいというので一旦家に寄り紹介した。直ぐに家を出て、成ちゃんを向えに行き喜連川に向かった。喜連川に着く前に、弁当を買い、家で食事をして作業を始めた。壁紙が無くなったので、東君たちが近くのホームセンターに探しに行ってくれたが、置いてなかった。そこで、夕食も兼ねて大田原に行き壁紙を調達した。夕食は聡美さんの好みの寿司屋に行った。近くに昔ながらの寿司屋があって良い雰囲気で食事を楽しむことができた。帰宅して更にワインを飲んで11時過ぎに寝た。
2020年夏頃には大部屋と周りの小部屋、ロフトとロフトへの階段などは全て完了しており、残りや下段一階や地下室の壁やドアの工事のみが残った。喜連川へ行く頻度も減り、工事の進展はゆっくりしたものとなった。作業記録も2021年7月に終了とした。
22日は千葉工大の謝恩会、23日は島崎先生の送別会に出席した。2019年3月24日には11時過ぎになったが、24日は6時前に起きて、晶君と一緒に6時半頃に喜連川に向かった。日曜日なのでトラックが少なく、運転し易かった。到着して直ぐに工事を始めた。位置が高くて届かない位置や、一人では貼ることが難しい壁位置を優先した。壁紙1本目の1/4程残った壁紙を貼り終え、2本目の1/5程を使って次の作業に移った。11時半頃に作業を一旦中断して、近くのレストランに昼食に行った。12時半頃に帰宅して作業を継続し、3時半頃に帰路に着いた。貼るのが難しい位置はほぼ貼り終えた。
実は、南側小部屋とその横のロフトへの階段は、2015年21日に設置したものだ。この頃は内部の木工が中心で、小部屋の階段への西側部分は、2×10材は釘とネジ釘だけで留めているので、2×10材で補強した。この日は2時半に帰路に付き4時半過ぎに帰宅した。
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